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連勝男、将棋の藤井四段の生まれ故郷は愛知県瀬戸市。
藤井四段の出身小学校は、瀬戸市立效範小学校なんですね。

效範小学校と言えば、近所に今はなき「こうはん温泉」って銭湯がありました。
懐かしい~。


そんな藤井四段生まれの瀬戸市は、瀬戸物の街として昔から有名です。


瀬戸市は常滑市と並ぶ陶器の街です。

毎年、9月には、瀬戸物祭りが開かれ沢山の観光客が訪れます。



セラポッケ〜かわいい陶器のお店


瀬戸物とは?その由来は?


瀬戸市は、1000年以上の歴史を誇る「せともののまち 陶都・瀬戸なんです。

瀬戸市は、名古屋市の北東約20kmに位置し、周囲を標高100~300mの小高い山々に囲まれ、気候も温暖な町です。




焼き物の種類とは?

焼き物は、原料の違いなどにより大きく土器、陶器、炻器、磁器、ファインセラミックなどに分けられます。

瀬戸では、約1000年前に陶器が作られ、約200年前に磁器が作られるようになりました。


※陶器の特徴

・原料は粘土など。
・吸水性があり、光を通しません。
・たたくと鈍い音がします。
・粘土を使うため、「土物」とも呼ばれます。

※磁器の特徴

・原料は長石や珪石を多く含む砂婆に粘土を配合したもの。
・吸水性はなく、光を通します。
・たたくと澄んだ音がします。
・石を多く使うため、「石物」とも呼ばれます。


陶祖

瀬戸焼の開祖といわれる人物です。
名を加藤四朗左衛門景正(通称:藤史郎)といいます。

伝記によれば、鎌倉時代前期の貞応2年(1223)に曹洞宗の開祖である、道元に従って中国へ渡り、焼き物の技法を学んで帰国
しました。

その後、焼き物づくりに適した土を求めて全国を巡る中、仁治3年(1242)瀬戸の祖母懐でよい土を発見し、瀬戸で窯を開いたとされています。
毎年、4月第3日曜日と前日にはその偉業を称える「せと陶祖まつり」を開催しています。


磁祖

江戸時代後期、瀬戸の窒屋仲間の取り決めにより、陶業を継げるのは長男のみとなっており、二男の加藤民吉は家業を継げずにいました。

名古屋の熱田で新田開発をしていた民吉は尾張藩熱田行津金文左衛門の目に留まり、彼の南京焼(染付磁器)の研究を手伝うことになります。
しかし、完全な製品を作ることはできませんでした。

そこで、文化元年(1804)に尾張藩や瀬戸の窯屋連中の支援のもと、単身九州へ修行に向かいました。
いくつかの窯元で修業し、最終的に佐々・市の瀬皿山(現:長崎県北松浦群佐々町)の福本仁佐衛門窯で磁器技法の習得に
励みました。
そして、文化4年(1807)に瀬戸へ戻り、技術を伝えたことによって、瀬戸の磁器生産は急速に発展しました。
こうした業績を称え、毎年9月第2土曜日には「せともの祭り」を開催しています。



瀬戸焼ってどう作られるの?


やきものは、採土、製土、成形、乾燥・素焼、絵付、施釉、焼成の工程で完成します。



採土

瀬戸市の大部分は、1000万年以上前から約200万年前にかけて推積した「瀬戸層群」と言う地層からなっています。
瀬戸層群には、やきものに欠かせない「木節」や「蛙目」という良質な粘土と、ガラスの原料となる「珪砂」が豊富に含まれる
「瀬戸陶土層」があります。

特に木節粘土の質の良さは世界有数で、瀬戸の多種多様なやきものを生み出す源となっています。
現在の採掘方法は階段状に表土層を取り除いていく露天掘りが主流です。


製土

山から掘り出した土は、石や余分はものが混ざっているので、そのままでは使うことができません。
こうした土は、さまざまな加工がされて、初めて形を作るのに適した「土」になります。
製土は以下の手順で行われます。

①粉砕
原料を砕いて細かくし、大きなゴミを取り除きます。

②水簸
砕いた原料を水に入れて、水に沈む重さの違いを利用して不純物を取り除き、粒を揃えます。

③調合
多種類の原料を混ぜ合わせます。

④脱水
水分を抜いて固めます。

⑤土練
水分を均等にし、空気を抜くために練ります。


成形

製品の形を作ります。
瀬戸では次の4つの成形方法が代表的です。

【ロクロ成形】
回転する台のロクロを使って成形します。

【タタラ成形】
板状に切った粘土と型で成形します。

【鋳込成形】
泥状にした粘土を石膏の型に流し込んで成形します。

【プレス成型】
乾燥させて粉末状にした土を、金属製の型に入れて圧力で押し固めて成形します。


乾燥・素焼

成形した製品は十分に乾燥させます。
水分が残っていると、焼成の時に水分が膨張して割れてしまうからです。
また、装飾・施釉をしやすくするため、素焼をします。


絵付

絵付は、江戸時代以降に盛んになった装飾技法です。
初めは主に筆で手描きをしていましたが、明治時代以降は印刷技術を用いた絵付を施した後に施釉します。
「上絵付」は施釉・焼成した後に絵付をし、低温で焼きつけます。


施釉

やきものの多くは表面が反射して光っています。
これは釉薬(うわぐすり)というガラス質の膜で覆われているからです。
釉薬は、やきものを丈夫にし、水漏れを防ぎ、表面に光沢を出して滑らかにするなどの効果をもたらせます。


【瀬戸の伝統的な釉薬】

灰釉  鉄釉  志野釉  黄瀬戸釉  御深井釉  青磁釉  織部釉  瑠璃釉

の8つの釉薬があります。


焼成

製品を窯に入れて焼きます。
焼くことで、素地土が水に浸しても溶けない、水を透しにくくなる、顔料や釉薬が発色するなどの科学変化を起こし
ようやく「やきもの」と呼ばれるようになります。

時代とともに窯の立地や構造は変化していきました。
現在、瀬戸ではガス窯が主流です。


そんな伝統ある瀬戸市の代表として、将棋の藤井四段がんばれ!!






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